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mamirt
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10回/年を目標に文化的体験や鑑賞をすること。
抱負豊富に」のひとつに掲げたもの。

P1050778.JPG

土曜日、STOMPを観にいった。

日常のノイズが、ビートになり、サウンドになる。
体は合わせてリズムをとっちゃうし、
その生命感に涙が出てくる。事実、始終目が潤んでた。

地面にまかれた砂をブリキゴミ箱のふたで擦る音。
マッチ箱をたたく音。
ゴミ袋の中に空気を入れる音。
空気の入った巨大浮き輪をたたく音。

そんな、普段耳も貸さない音たちを聞いて感動するんだから、面白いよね。

こんなちっちゃなウィンドウで見たって
もうワクワクなんだから、ナマで見れば、そりゃぁ、もう。
憧れのあまり、たとえばタップとかやってみたくなった。

文化活動。来月は「クラス・ルーブル」が待ち構えております。

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新しいものっちゅーのはそれが何であっても嬉しくて、
今日は新しいまな板が来てルンルン。

以前のよりちょっぴり小さい。
表面に特殊な加工がしてあるのか滑りやすく、すべらない。

やっかいなのは、なんだかうるさいこと。
トントンと刻むがゴンゴンと聞こえる。
材質によるものであって怪力によるものではない。

朝、味噌汁のにおいがしながら
包丁のトントンという音で目がさめるような
そんな状況は生まないでしょう、このまな板。

「うるせーな、休みくらい寝かせろよ」と
喧嘩口を買うに違いない、このまな板。

ちなみに
ダンナはそんな怖い人ではありませんし、
麻美は朝から味噌汁を作るような出来た妻ではないので
幸いなことに、上記のようなことにはならんでしょう。

とにもかくにも、嬉しい。


ばたばたと予定を決め、押し寄せてきたのは高校の同窓生。

3人と自分。
冷静に考えれば当時のつながりは決して濃くない。
でも同じ、あるいは自分とその人にリンクした思い出があれば
当時のつながりの濃い薄いなんて関係ないんだなと思った。

あんなヤツがいたとか、
こんな先生がいたとか、
あそこのトイレは汚かったとか、
もう決して晴れることはない靄の中の記憶をほりおこし
楽しかった。

10年もたつと、思い出せないことも多いもんだな。
記憶違いしてることもあるよな。

だから、アタシは卒業式にいなかったって。

戻ろうとも戻りたいとも思わないけど、
たまには掘り起こして自分のモトも見るのも楽しい。

10年というきりの良い数字。
懐かしむ時期なのかもしれないな。

例のトレーニング室へ。
前回と同じメニューをこなし、充実感。

普段目も向けてやらない筋肉たちにアツイ意識をおくってやると、
筋肉たちは見つめられた緊張感からか、
まだ筋肉にもなっていないのに筋肉のつもりになってくれて
なんだか姿勢が良くなった「気分」になったり、
腹がへこんだ「気分」になったり。

その効力。せいぜい2日。

それを過ぎると、
あ、じぶんたち、やっぱまだ筋肉じゃないっスからと
とたんに緊張感を緩めやがる。

緊張感が緩む前にまた目をくれてやらねばならないんだろうな。

麻美の体内では
筋肉と無気力感がひそかに友達で通じ合っているので
なんとしてもその悪い友達から離してやらねばならない。
代わりに良い友達を紹介してやらねば。


シャンプーのストックが無いことを思い出し、
待ち時間の間、マツキヨに寄った。

新宿に来ればなぜか立ち寄る、
紀伊国屋とイセタンの間のマツキヨ。
そういや、久々に来たような。

そして久々なので違和感を感じた点がいくつか。
すぐに気がついた。

あ、照明が明るくなった。
商品の陳列がすっきりした。
ポップがかわった。

そして、一番大きな違和感。
日本語をしゃべらない客が多くいた。

店内に入って何気なく聞こえてくる会話は
「耳慣れた言語」ではなく、せいぜい「聴いたことのある言語」ばかり。
あまりにその耳慣れない言語に囲まれて、
まるで海外にいるような錯覚を覚えた。

100yenショップやドラッグストアが
日本において隠れた観光地だということは知ってる。
自分が観光客の立場でも寄るに違いない。

それにしてもサァ。


「おなかっていうのはサ、
あけてみないとわからないことって多いんだよ」

「風邪って言い方も出来るけどサ」

「下痢で怖いのは脱水症状ね。
おちょこで飲むように、でもたっぷりとね」

「まぁサ、様子見てみてよ」
といって、本日の内科の診察は終わった。

薬の配分をPCに向かって打つが、どうしても数字が打てない。
気になったので麻美がNum Lockのキーを押してみた。
解決。

「まったく、だめだな、引退かな、コリャ」
といって、笑っているような笑っていないような目で
笑い声を上げる。

「うん、お大事にね」
といわれて、診療室後にした。

一体何のために内科にいったんだが。
そんな診察だったけど、あの先生、好きだな。


カラオケ。

みなそれぞれに持ち歌があり、
その中心はなんと言っても自分の青春時代ではなかろうか。

麻美にとって90年代中~後半こそ、その嬉しハズカシ懐かしの時代であり、
「しあーわせのよーかん~」と聞けばあの教室を思い出し
「いつーのひーもーこのーむねにー~」と聞けばあのCMを思い出し、
「ちかごーろーわたしーたーちはー~」と聞けばあの仲間を思い出し、
「どこまでもーはてしーなくー~」と聞けばあの後輩を思い出し、
「なにもいーわーずーに~」と聞けばあの恋を思い出し・・・。

ただ、あの時代を席巻していた楽曲たちって言うのは
どれもこれも音域が高かった。
アレにしてもコレにしてもソレにしても。

そも、低音の麻美にとって、
どれもこれもレパートリーにはなりえなかったし。

ところで、うちは車で移動することがダントツで多かった。
近所の買い物から家族旅行まで。
北は北海道、南は・・・四国にも渡ったんだっけか?
とにかく車だった。

そして、選曲主導権がまだなかった幼き頃、
車内で流れていたのは
70年代後半から80年代前半にかけての曲ばかりだった。
「あのーきーえそーにもーえそーな~」と聞き、
「まーるーではりうっすきゃんだるぅ~」と聞き、
「びぃさいれーん、びぃさいれーん~」と聞き、
「なーぎさーのばるーこにーで~」と聞き、
「きみのひとみはいちまんぼるとぉ~」と聞いた。
そして、歌った。大抵は歌詞の意味もわからずに。

おかげでメロディは体にしみこみ、歌詞を見れば多くは歌える。

とある日、仕事の打ち上げでお得意さんとカラオケに行ったんだ。
一番下っ端だったから、否が応にも歌わされる。
そこで選曲したのが、幼い頃車内で聞いた上記のような曲たち。
そもそも歌がうまくないので
そっちのほうが音域的にまだマシだろうとの判断で。

これがサ、なんつーか、どんぴしゃだった。

一緒に仕事をしていたのは自分の両親よりちょっと年下くらい。
麻美が選んだ曲たちは軒並み、彼らの青春時代楽曲だったんだよね。
ウケちゃってね、深夜までヤンヤヤンヤと歌い続けたんだ。
確か、後日第2回カラオケ大会までやったんじゃなかったか。

お年頃の、イマドキの娘であるにもかかわらず、
カメラマンをはじめ、公私どこでも「80年代」といわれてたけれど、
なーんだ、立派な武器になるではないか。
そも、自分自身が歌っていて楽しかった。

その日以来、自分の「80年代」にふたをするのをやめた。

聞いて楽しい90年代、
歌って楽しいearly80年代だという
自分の中にカラオケレパートリー定義が出来たから。

フッ。