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mamirt
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料理の苦手な妻
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[職人の母:さち裁縫室]
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明日から1週間ほど、ダンナが出張のために不在です。
アメリカとメキシコだそうです。

いつものように、
靴下がない、パンツがないとギリギリになっていうダンナ。
昨夜なんか洗濯のせいで、就寝1時。
「なんでもっと早くから言わないの!」と
万国共通オカアサン専用小言を口にしてしまう妻の麻美。
洗濯機が終了の合図を伝えても、おもむろに動く麻美に対し、
テロテロとyou tubeなんぞを鑑賞しようとするダンナ。
仕舞いには「あなたの洗濯物なんですけど」と半ギレて手伝わせることに。

とはいえ、1週間もいないのは、やはり寂しいです。
帰っても一人。寝るのも一人。おきても一人。
一日あーだったこーだったとたわいのない話をして
心落ち着けるための相手がいないというのは
考えただけでも憂鬱になり、通り越して鬱になります。

が、一方でなぜだか俄然張り切ります。
何に対して張り切るか。

タオルケット洗濯作戦、衣服大整理大会、
お風呂カビ完全排除計画、野菜三昧ウィーク、
ストック料理会、整頓グッズ購入の旅、
雑誌マル秘処分、その他もろもろ。

昼間、ソファでグータラしている定年退職後のダンナに
「もう!家事が進まないじゃない!ジャマなんだからぁ。
 どっか外に出かけてきてよ。」といって外に追いやり、
その留守の間にガツガツと家事魔になる・・・ようなカンカク?

いやいや。そんな冷たいことをいう妻になるつもりはありません。
が、一人でいるほうがはかどることも、また事実。

家という器は変わらないので見違えるほどというわけにはいきませんが、
んまー、なにやら今から張り切ってるので
なんとか気力が消沈しないうちにこなしたいと思います。

あ、遊びに来るのは歓迎。
上記のように追い出すことはいたしませんから。
ただ、家事魔になっていない時間を狙ってくだされば。
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17時半、夕飯の買い物のピーク時間かもしれない。
店内は家族連れの買い物客でいっぱい。
場所柄、日本人でない人もちらほらいる。
ちびっこをかかえた背の高い黒人パパ。
若干日本語のイントネーションがおかしい東洋系ママ。

ディスカウントスーパーをうたっているだけあって、
徒歩15分かけてくる価値があるスーパーだ。
狭いながらも駐車場があり、
アメリカ人を思わせるほどに買い込んでいく人が多い。

一体そのかごの中には何パックのひき肉が入っているんだろう、とか
2リットルペットボトルのケース買いを3つとか。

魚売り場に魅力が少ないのが難点。

ところで、麻美の実家は食卓におかずの多い家だった。
一汁三菜どころか四菜くらいあることもある。
だから、麻美の中でもそのボリュームがスタンダード。
スタンダードだけど、技術は伴わず、
メインを張れるおかずが複数並んでしまうこともしばしば。
生野菜が不足がちなのが悩み。
でも、まぁ、いろいろ摂るよう努めてる。

実家にいる時は意識してなかったけど、
自分が料理をするようになって、自分が買い物をするようになって、
ほかの買い物客が何を手にするのか、なんとなく目が行くようになった。

パン売り場でお母さんと小学生高学年の男の子が立ち止まっていた。
「あ、朝パン。別の店に行くのは面倒だから、買ってっちゃおうよぉ」と
まさにスーパーの思惑通りの行動を母に勧める小学生。

お母さんのかごを何気なく見ると、冷凍食品のパックが複数重なっていた。
ほぼそれしか入ってなかった。

決して若いお母さんではない。
・・といったらシツレイだけど、
つまり、料理ができなそうなヤンママではない。(あ、死語?)

あれ、これって、結構フツーの光景なのかしら。

みると、
肉と加工品だけと思われるカゴをかかえてレジに並ぶ人も
決してまれじゃない。

なんだかちょっとカルチャーショックだった。
もしかしたらたまたまその日はストック品購入日だったのかもしれない。
もしかしたらたまたまその日は手抜き冷凍食卓の日だったのかも知れない。

けどさぁ。その買い物内容、ちょっと味気なくない?

そう思いながらも、今日のうちの食卓は、鍋。
だって、寒いんだもん。決して手抜きじゃないもん。
井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室

ここにこうやって文章を書く麻美を見て、母が貸してくれた。

その作文教室では最終的に
400字詰め原稿用紙一枚に作文を書く。
この本には、作文教室の講義の過程と、
生徒何人かの作文が収録されている。

学校を卒業して以降、麻美が読む文章といったら
敬語がちがちのビジネス文章か、
悪く言えば無味乾燥の資料か、
もしくはプロが書く小説か、そんなところ。
一般人の書く文章なんて、久々に読んだ。

読んで思ったことは、
はじまりで人をひきつけることがいかに難しいか、だ。
最初の2、3行で「ふむふむ」と思えなければ、
あとは読んでいるようで読んでいない。
無意識に、「ここは大して大事じゃない」と、ナナメ読みになる。

ひきつけるには、話題や文体が好みかどうかってところにも
かかってるとは思うけどサ。
たとえ好みじゃなくても、最初の2,3行で情景の浮かぶものは
ひきつけられて、最後まで丁寧に読む。

あー、それだよ。
読んで情景の浮かぶ文章。それが描きたいんだよ。
より具体的に書こうと心がけているけど、それなんだ。

んでもって、具体的であることも大事だけど、
言葉が正しいということも大事だと感じた。
書き手と読み手が同じものを思い浮かべられるよう、
できるだけイメージに近い、言葉。表現。

といいつつも、あろうことか、今、辞書がない。
ふるくても、実家からもらってこようかしらん。

あー、作文。誰かに読んで欲しいなぁ。
誰かの作文も、読みたいなぁ。

「おいしい♪」って何で決まるか。
今日、わかった。

昨日に引き続き、今日もヒトリゴハン。

昨日は朝から覚悟をしていたから、
ダンナがいないことをいいことに、めいいっぱい残業をした。
帰宅後は「あー、疲れたからテキトーでいいよ」と自分に言い聞かせ、
冷凍ゴハンを使い切って無印ナシゴレンにした。

「明日は生協が来るからなー、何作ろうかなぁ」とあれこれ考えながら、
ナシゴレン味のゴハンをかっこんで昨日はよしとした。

んで、今日。
ダンナは、またも飲み会ということで今日も一人ゴハンとなってしまった。

さて、こまった。
昨日かっこんでしまったせいで、主食ストックが無い。
ひとりなのにご飯を炊くのはなんだかいやだし、
なによりゴハンが炊飯器でクツクツ言うその時間が、待てない。

冷凍ストックゴハンの次に簡単なのは何か。
パスタだ。でも、ソースになるものも、材料も無い。
うーん、仕方ない、パスタソースを買ってしまおう。

と、一番おいしそうな、
落合務監修のボロネーゼを買ってかえった。

買って帰ったわけだが、やっぱり納得がいかない。
そんな夕飯でいいのか。いや、よくない。ちっともよくない。
腹ペコだけど、そんなのはなんだか食べたくない気がしてきた。

冷蔵庫をのぞき、レシピを検索し、あれこれ熟考したが
どの組み合わせもチグハグで、どうにもひとつの味におさまりそうになかった。

しかたなくパスタをゆでる。パスタソースもゆでる。
かける。別袋のパルメザンチーズもかける。

食す。食べつくす。

食べて空腹は満たされたけど、やっぱり納得がいかなかった。

オチアイのパスタソースは、レトルトにしては量も多くてしっかりしてた。
オチアイのせいじゃない。麻美が作るボロネーゼより、きっとおいしい。
そもそも麻美が作ってもただのミートソースにしかならない。

食べて満足がいくっていうのは、味だけじゃないんだって感じた。

もう一段階でもいいから、つくったっていう達成感や
作ったものに対する期待、期待にこたえるそこそこの味。
欲を言えば、一緒に食べる人と、その人からのおいしいという言葉。

これらが多いほど、
たとえおいしさに多少の欠陥があっても「おいしい♪」と感じるんだな。

ちっとも納得のいかなかった夕飯。
そのレトルトがラベットラオチアイであっても、
自分で作るツナパスタのほうがきっと文句なく食べれる。

ということで、もう一食・・・

ってワケにはいかないので、
不満の残ったまま寝るまでの時間を過ごすのでした・・・。
近所の「大臣」というお弁当やさんは大抵どれも500円。
毎日8種ほどのおかずがならび、おかずパックとは別にご飯がつく。

おかずはどれもガツン系。
今日食したのはから揚げチリソース。

チリ味のから揚げが4つ入り、
家庭的野菜炒めが同じくらいのスペースで入り、
付けあわせという名前で呼ぶには
恐縮してしまうほどの量の、変わったコールスロー。
一口分にも満たないけど、
味の濃さで存在感をあらわす切り干し大根に、
別でつくご飯は4種の中から帆立ゴハンを選んだ。

そう、いわゆるドカタ系弁当よ。

それでも、その安さと量、それにバリエーションで
下手な時間に行くと列になってる。

今日はそんなお弁当を食したそのあと、
読み始めたばかりの「地球のはぐれ方」を開いた。

差し掛かったそのページは名古屋の食文化がどうとか言ってる。
奇妙奇天烈なその名古屋食についての文章を読んでいたら
なんだか満腹感がさらに増してきてしまった。

けぷぅ。
ランチと読書でムネヤケするとは・・・
ささいなことですが、
ひとつ、あることを達成しました。

それは・・・

かつて、
one of 世界中のオトコであり、
その中の、one of 知り合いのオトコであり、
その中の、one of 親しいオトコであり、
その中の、one of 大事なオトコであり、
その過程で、彼氏であった彼は、
いまや、夫であり、家族である。

昔だったら、
one of 世界中のオトコに降格できたかもしれない。

でも、いまや、どんなに降格しても
one of 大事なオトコまでしかオチないんだろうなと思う。

結婚という区切りで、
結婚という門をくぐり抜けたことで、
遠くなる可能性が低くなり、その最遠範囲が小さくなった。

わかるかな、いってること。
この前散歩しててそう思った。

たとえば、彼を含めて友達とのみに行っても、
もう、彼は向こう側ではない。one of 友達ではない。
彼は、こちら側だ。
一度こちら側に来てしまったから、もう向こう側にいくことはない。
たとえこちら側にいなくなっても、向こう側に含まれることは無い。

なんだかそのカンカクが、おかしいな、不思議だなと思った。

あたりまえだけど、自分が知ってる家族は、
生まれたときから「家族」だ。
新たに「家族」を形成するのは初めてのことで、
その形成されていく過程での
心境の変化に気づいたことがおかしかった。

伝わるかな、このカンカク。

あー、彼は、伴侶なんだな。
そうおもった。