「ほら、シーカヤックだよ、行くヨォ」と娘を促す。
すると、小学一年生のユイは
「んー、行きたくない・・・」といった。
おとなしく、でも同時に断固拒否をしめしている。
さりげないけど強い否定。
すねているのだろうか、もともと来たくなかったのか。
あぁ、どちらにしてもアタシにそっくりではないか。
アタシをみているようだよ。
「えーっ、行きたくないじゃないよぉ。
んじゃぁ、先に行っちゃうよ」
バイザーをかぶり、サングラスを調整しながら、
そういってアタシは部屋を出た。
たぶんこうやって脅しても彼女は動じないだろうな。
しかたない、キャンセルするか・・・。
そのカヤックの乗り場は室内。
海に突き出した乗り場はそのまま海につながっている。
ちょっと薄暗く、カヤックの浮いた中央をはさんで両方に通路がある。
その通路と手前にはこれから出発しようという観光客が多くいた。
その中で忙しそうにヒトをさばいている彼に声をかけた。
浅黒く日に焼け、そのせいで年齢不詳。
同じか、もしかしたら年下ぐらいだと思うんだけど。
ちょっとガタイいいけど、でも、海が似合わない、
どちらかというと区役所などに勤めていそうな顔。
以前来た時にも、彼にお世話になった。
それっきりだけど、こちらも彼を、彼もこちらを覚えている。
「えーっ、乗らないんですかぁ?
こまったなぁ、娘さん、水怖いって?だめなの?」
「いや、水が怖いわけでないの。しっかり水着も着てきたし」
彼の一言は、発したのはその一言だけなのに
ずいぶんと事務的にがっかりした様子が読み取れた。
”困るんですよね、そういう勝手なこと”といわれているようだった。
せっかく顔見知りになったのに、あーあ。
なんとか謝って、ユイのいるはずの部屋に戻った。
が、ユイはいない。
ここは海水浴場だが、ちょっと歩けば岩場が多く
迷子になる子供も多い。
岩場まで行って足を滑らせたら・・・
海に足を取られたら・・・
とたんに真っ青になった。
建物を飛び出し、ユイを探し回った。
そこからは記憶が途切れ途切れだ。
どこを探し回ったか、誰に聞いたのか
覚えていないくらいに探し回った。
ふと、レコーディングスタジオから連絡があった。
この日、カヤックをした後、
仕事で向かう予定だったスタジオからだった。
「麻美さん?
時間にはずいぶん早いけどユイちゃんもう来てますよぉ。
麻美さんとは別なんですね、麻美さん、何時に来ます?」
この海岸からは近いが、子供が歩いていくには距離がある。
それでも、歩いて向かったのだろう。
お金だって持たせてなかったのだし。
この海岸からスタジオに向かったことはない。
それでも場所を把握し、自分の足でたどり着いたようだ。
急いでスタジオに向かいドアを開けると、
そこにはスタッフにかまってもらいながら、
ピアノの回転丸イスに腹ばいになってくるくる回ってる、
すました顔のユイがいた。
PR