大口を開けてサブウェイのコブサラダサンドをパクリ。
もぐもぐ。そして、ケータイとにらめっこ。
隣で声がした。
「若い人は奇麗に食べるわねぇ」
声の主は右隣で、年配の女性だった。
「いいわねぇ、さすがねぇ、おねえさん。
あたしなんかダメ、トレイいっぱいにぼろぼろこぼしちゃって。
何度か来て食べてるんだけどね、いつもそうなの。
マクドナルドのマックが精いっぱいだわ」
そういや、若い人に交じって年配の方も。
乃木坂という場所柄だろうか。
渋谷サブウェイじゃ見かけないような年齢層の方。
「ここはお野菜がいっぱい食べられるでしょ。だから来るのよ。
お野菜も個別に増やせるし。玉ねぎは、ほら、血液をサラサラにするから。
今日は検査に来たんだけどね、もうお腹がすいちゃって。」
聞くと、隣の心臓血管研究所付属病院に検査に来たそうで、
来月には手術を控えているそうだ。
心臓周りの血管をどうにかするらしく、その難しい手術のための念入りな検査。
朝から4時間もかかったのだという。
身の上話に花が咲いた。
話している間は、会話につながりがあった気がしたが、
はて。どんな話だったかというと
お年は70歳を過ぎていること。
若い時はお酒も夜ふかしもよくしたし、
追加の焼き鳥を頼んだけど、もう空き串がはいらないくらいたべたこと。
はずかしいったらありゃしない。
日本人は潔癖すぎて、なにかあったらいっぺんに全滅よ、
それにくらべてアフリカの人はDNAがゴリラに近いから生き延びるわ。
赤ちゃんが生まれてもわらの上に産み落とすし、
産湯には川に連れて行って川で洗うのよ。
テレビで見たの。あれじゃぁ、どうやったって日本人は比べ物にならないわね。
店内は肌寒くって、身なりになんてかまってられないわ、
しかたがないからスカーフを今腰に巻いているのよ。
ついに75kgを超えてしまって、
揚げ物などを一切断って1ヶ月1kgペースで落とし、やっと10kgほど減ったところ。
今日はコブサラダサンドを食べたのだけど、チーズは抜いてもらったのよ。
かつて社長をしていたこと。
確かに。
70を超えているにしては、肌つやが良く、身なりも悪くない。
とても、「おばあさん」とは呼びにくい。
話も、若い。
松濤あたりに住んでいた様子で、
富ヶ谷の首都高工事のために、山手通り拡張で200万入ってきたけど、
娘のマザコン夫にだまされて300万持っていかれた事。
まったく、いみがないわ。親子で騙されてしまったの。
娘の8年の結婚生活は夫のマザコンっぷりに嫌気がさして終わったこと。
だから、結婚前に同棲はありだと思うの。じゃないとお互いわからないわ。
足を出して、「靴下はかせて」って男だったのよ、まったく。
娘はバイリンガルで、年収1000万超えて、
麻布十番に5000万ほどのマンションを買う予定だということ。
自分は若くないから、
逝ってしまうついでにあのマザコン男を一刺ししてやろうかしらといったら
娘に止められてしまったわ。とってもいい娘。
ニュースに出ていた、堕胎させた医者は、結局女性に騙されたのよ。
女性側だって、職場の意思が結婚してるかどうか、わからないわけがないじゃない?
結構いい先生みたいだったらしいわよ、(心臓血管)病院の先生方に聞いたわ。
でもあれで人生を振ってしまったわね、でも色々女性に手を出していたみたいだし。
職場で女性に手を出すくらいならそういうお店に行けばいいのよ。
妊娠中?あら、おめでとう。一ついいこと教えてあげる。
夜泣きね、何をしてもだめだったら、湯ざましよ、湯ざましを飲ませるの。
ほら、大人だって喉が渇いて起きるでしょ?
そんなときにどろっとしたもの飲みたくないでしょ?
一緒よ。娘一人だけの子育てだったけど、これは経験から覚えた事よ。
ふむ。
いつから、こんなにどっぷり身の上話を
見ず知らずの人からされるようになったのだろう。
会議の昼休みを利用して外に出たのでそろそろ戻らないといけない。
歩いて3分。もう、午後の部再開5分前。
大げさに腕時計を見る。
そのそぶりに、さすがに気付いたのか、
わたしももどるわ。これから田町に帰るのよ。
袖触れ合うも多生の縁ね。こうやって席が隣になって。
いい?湯ざましよ。おぼえておいてね。
そういってお互い席を立った。
手術がうまくいくよう伝え、店のドアを開けてあげた。
彼女が出て、その間にゴミ箱に自分のごみを捨て、
同じように店を出る。
自分も同じ方向、病院側に足を向けるが、
もう彼女の姿はない。
そんなに早く歩けるようなそぶりでもなかったような。
病院の入り口を横目にみても、彼女らしきシルエットさえもみあたらない。
袖触れ合うも多生の縁、か。
そうだな。そうだね。
手術がうまくいくことと、
娘さんが今後はいい男性に巡り合えることを祈ってるよ。
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